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Web制作の見積もりの難しさとか相場とか

つらつらと考えてしまった記事があったので、長くなるけど書く。

WordPressサイトを構築するといくらかかる? 見積り勉強会で価格を出してみた | WordBench

WordPressの見積り勉強会を終えて、運営の一人として思うこと うえむ日記 - トヤヲ.ネット

この手の試みは勉強会としては珍しいのかもしれないけど、Web制作者向けの専門誌「Web Designing」では、架空案件の見積もりをしてもらうアンケートが毎年行われている(Webデザイナー白書という企画の一環)。この手の話が気になる人は、ぜひバックナンバーを取り寄せて読んでみて。

見積額については、上の記事でも「大きな開きがでました」と述べられているけど、Webデザイナー白書の方はもっと極端で、下は6万円、上は1,000万円という結果。発注側(クライアント側)からすれば「ありえねーだろ」という感じかと思うが、これにはいくつか理由があると考えている。

そもそも前提が成立していない

特にWebデザイナー白書の場合、金額に大きな差が出た最大の要因は、見積もりを出した会社によって制作する物が異なっているからだ。たとえば「Aという機能を持ったサイトを作る」という条件で見積もりを出す話なのに、見積もりの根拠が書かれたコメント欄には「オンラインマーケティングの施策も必要だから、それもプラスして算出」とか「機能Bはいらないとあるが、これは必要なので追加」などと書かれている。なんじゃそりゃ。これでは比較しようがないではないか。

では、なぜ指定された条件を守って見積もらないのか。実際の仕事では

クライアントから『**を作ってほしい』と言われて話を聞いていたんだけど、それをその通り作っても、売り上げアップとといった「クライアントが本当に求めている結果」は得られないと感じた。

・・ということがよくある。それならブログ作るよりパンフレットに力を入れたほうが売上は上がりますよ、その機能をつけたら使いにくくなりますよ、みたいなことをアドバイスする場合も実際は多い。

特にWebの知識が十分でないクライアントが、自分の達成したいこと(新規顧客獲得とかコスト削減とか)に適した手法や機能をイメージするのは難しい。でも、Web制作者に仕事をお願いする際には「頼みたいことリスト」として具体的に挙げたほうがいいだろうと考える(あるいは、それぐらいしか思いつかない)ケースは多い。なので、時にトンチンカンな制作物の見積もりをお願いすることになる。

クライアントから言われたものをそのまま作るだけ、という制作者もいるだろうけど、クライアントが本当に求めているもの、このケースで必要なものは何かを考える制作者の方が多いと思う。たぶん。

そうなると、提示された情報以外を深読みし、条件以外のことまで勝手に考えることになる。もうコンサルティングみたいなものだよね。見積金額の比較という本来の主旨から考えれば、そういうおせっかいな提案はルール違反なんだけど、これが「Web業界の見積もり」という感じはあるよなぁ。

コミュニケーションのコストをどう想定するか

バラつきが生まれる他の要素として、コミュニケーションのコストの見積もり具合に差があるのでは、ということも感じる。1つのことを決めるのに打ち合わせ回数や時間がすごくかかるとか、クライアント側に実はすごくややこしい裏事情があるとか、決めたことが何度もひっくり返るとか、そういう制作進行だと(できあがるものは同じでも)余計にコストがかかることになる。

これは先に書いたことと共通する話で、条件の記述を深読みする力、過去に同タイプの案件を担当して得た経験、業界の常識に対する理解力といったことの有無で、制作進行について想定できることは変わってくる。もちろん制作側のコミュニケーションスキル(相手のことを想像し、それに柔軟に対応する力)にもよるけれども。

架空案件だから与えられる情報は少ない。そのあたりを心配して多めのコスト計算をするのか、それとも通常通りで考えるのか、あるいはその手のスキルがなくて見積もりに入れられない(そして受注してから火がつく)のかによって、見積額はけっこう変わってくるんじゃないかな。

一定の範囲に収斂されるべき制作コスト

じゃあ「追加の提案は禁止。コミュニケーションに関わる部分も余裕を持たせない。単純に『ごく一般的なサイトを作る』という作業に対する見積もりだと考えたら、金額の幅はどうなるの?」というと、僕は一定の幅に収まると考えている。いや、収まらないとダメだと思っている。

Web業界は「ツールや手法や技術は様々で、変化のスピードも速い」と言われる。でも仮に「ごく一般的なサイト」というものが定義できるとして、その制作の手順や押さえるべきポイント、できあがったソースコードなどは、制作者によってそれほど大きな違いは生まれないように思う。いろいろと検証が必要な高度な技術、あるいはレアなケースを除けば、そこそこベターなコードの書き方や制作手法は確立されてきているし、その情報も広く出回っている。そこをちゃんと押さえている制作者が、高いレベルでの品質勝負をするのでない、ごく一般的なサイトのスタンダードな制作をするのであれば、その工数はある程度のバラつきに収まるのではないか。

これは逆に言えば、やたらと工数がかさむような見積もり(あるいは工数が極端に少ない見積もり)は、制作者のスキルが足りないと考えてよいのでは、ということでもある。制作工程のすべてが時間で判断できるとは言わないけど、限られた時間で一定以上の品質に仕上げるのがプロだと言えるというのは、相場を成立させるためには重要じゃないのかな。つまり、きちんとした生産管理をするということ。

見積もり手法以前の問題はないのか

そう考えているので、上に挙げた記事で「見積りは難しい」とされる理由として

見積価格を出すことはもちろん大事なのですが、その価格を出すにはそれなりの根拠が必要です。WordPressの仕様や技術的知識もある程度知っておかないと制作のイメージが湧かないため、見積額を正確に出すことができません。そのような技術的ノウハウや考え方もあわせて学習する機会になるよう配慮しました。

と述べられているのは、正直「ええっ」て思った。一般的なサイトをWordPressで作るというケースの話なんだから、それに必要な技術的知識って、あるのが前提じゃないのかと。それがない人が出すような見積もり金額って、たいした根拠がないに等しい。そうなるともう、数字を比較することに意味があるとは思えないのだけれど。

実際には「技術面に疎い営業さんが無茶な見積もりを出して開発現場に怒られる」みたいな話は聞く。でもそれは、営業を教育するとか、見積もりは技術がわかってる人が書くとか、制作会社内で解決するべき問題だと思う。勉強会でスキルとして学ぶなら、見積もりを比較するタスクじゃなく、WordPressの技術書を読んで意見交換するタスクが適してるんじゃないのかな。こういう実装はどうするのがベターなのかな?というテーマで。

だから「典型的なWordPressサイトの見積りでも現状はまだまだ標準的な見積手法が確立されていない」という表現をするのは違和感がある。これは見積手法じゃなくて制作手法、単に技術の問題じゃないのかな。制作者個人の技術レベルの問題なのか、WordPressというツールの難しさなのかはわからないけど。とにかく、そこを何とかしないと生産管理もできないから、見積もりはアバウトにならざるをえないと思うし、標準も何もないんじゃないかなぁ。

Web制作者は仕事の品質を担保できているのか

あと、2つ目の記事では「相場はあった方がいい」という意見だけど、それには「プロのWeb制作者に依頼すれば一定以上の成果を手に入れられる」という認識が、クライアントのあいだに定着することが前提になる。さらに前提を言えば「プロのWeb制作者は費用に見合った成果を提供できる」ことが不可欠ということだけど、実態はどうだろうか。

他人事として同業者批判をしたくはないけど、びっくりするほど低い質のサイトをつかまされて泣いている、ろくにビジネス的な結果も出せないままお金をつぎ込まされている、そんなクライアントに昔も今もよく出会う。よくというか、失敗例に出会うほうが圧倒的に多い。うまくいっているケースをもっと知りたいし、腕のいい制作者にもっと出会いたいという悩みは尽きない。みんなはどうなんだろう?

もし、僕が感じているようなことが、まさに「相場」だ(とクライアントが思っている)とするならば、制作費の一覧表が貼られていたところで、Web制作者のことを信頼するのは難しいと思うんだよね。今はまだ「サイトを作るのは初めて」というクライアントが多いから、Web制作者に泣かされた経験もなくて悪評が広まっていないだけかもしれない。これが一巡する将来はどうなっているか。Web制作者は「任せて安心な仕事人たちだ」と、世間に評価されているだろうか。さっきの生産管理のことを考えると、僕は楽観的には考えられない。

相場を決めるのは無料サービス

相場に関してもうひとつ言うと「プロならば同じようなコストで作れる、ごく一般的なWebサイトの制作費の相場」は、その作り手であるWeb制作者とう人間ではなく、サイト制作ツールやWebサービスのような機械と比較されて決まるだろう、ということ。相手は無料か、それに近い低価格だ。これは手ごわい。というか、正面からぶつかっても勝ちようがない。

Web制作者は、仕事の効率化、自動化、機械化を進めていく。それ自体は(少なくともクライアントにとっては)悪いことではないし必要なこと。ただ、その方向性が、Web制作者が自らの単価を下げ、最後には自ら消えてなくなるほうに向いていないか。そんな怖いことは考えたくないと、制作に没頭しようとしていないか。

以前「Webをもっとカンタンに」という記事にも書いたように、僕は「ごく一般的なWebサイトは、誰でも簡単に作れる時代が早く来てほしい」と思っている。それぐらい、自分が手を動かして作ることに関して強い意欲はない。それよりも、何を作るのか、どうやって運用していくかに力を入れたい。

でも、作ることが好きな人が新しいものを生み出していくのだから、そういう人が生き残っていくための道も(自分が生き残る道とあわせて)考えたりする。その方法はいろいろあるだろうけど、とにかく今のままじゃダメだなぁと思ってしまった。

結論っぽいものはないですけど、主にそんなことを考えたのでした。