withComputer

デザイン・Web・教育などをテーマに書きつづっていく、角南北斗のブログです。

ここからが本当の勝負ですよ

この週末は、日本語教育学会の春季大会に参加しに東京に行っていた。共同研究者を中心に発表も(とはいえ前に全然出なかったけど)したし、プロジェクトの打ち合わせも長時間やったんだけども、個人的にいちばん印象に残っているのは「ぷらさ da わかば」というイベントだった。

この「ぷらさ da わかば」というのは、この業界(ないしは研究)に入門したての人(わかば)を対象に、その道の先輩と一対一で話せる機会を用意しますという企画。僕を含め20数名の「センパイ」登録者を「わかば」が相手として指名できるというわけ。

センパイはとても贅沢な感じのラインナップ。思わず「僕も『わかば』として申し込んでいいですかね」とお願いしてしまっ(て大会関係者に断られ)たくらい、個人的には良い企画。自分が学会に初参加した時にこういう機会があったら、それこそ人生が変わってたかもしれない。僕の大学院の2年間は、迷走どころか走れないほど身動きの取れない状態だったから。

リストに載せてもらう自己紹介文は「日本語教育に詳しいWebデザイナー」とした。教材開発とか授業でのIT活用あたりの相談が来るかな、と思っていた。実際そういう依頼は多いし、研究方法では何か語れるわけじゃないし。

でも正直なところ「誰からも指名がない」という可能性も十分にあると考えていた。日本語教育の業界に、授業でのIT活用や教材開発に取り組んでいる人たちは一定数いる。でも、その中の何割しか学会には参加しないし、僕に声をかける人はさらに限られ、その中で実際にプロジェクトが成立するケースとなると、わずかなもの。ましてや「わかば」カテゴリーに入っていることを自覚しているような人たちで、この企画の存在に気付くアンテナがあり、時間を都合してでも僕と話したい人はどのくらいいるのだろうか、と。

結論からいうと、幸運なことにそういう人はいて、楽しくお話ができた。技術的な話ではなく、ターゲットの設定やコンテンツの仕立て方の話が9割で、教材開発を劇的に進めるアドバイスというよりは、豪快にちゃぶ台をひっくり返してから急速に組み上げ直すような感じだった(そして全体としては少し前に進み視界が開けた、と感じてもらえてると嬉しい)けど。

教材を「作る人」と「使う人」のことをそれぞれの立場に立って考え、両者をつなぐのに適した箱(教材)を作ること。それが教材開発だと僕は思っているので、箱に必要とされる技術の話に行く前に、まず「作る人」と「使う人」の話をしっかり聞いて考える。それがいつもの僕のやり方。

で、ほとんどの場合、箱をどうこうする・ITをどう使う、とかいう前に、まずやらなきゃいけないことがその過程で見つかる。作る人である相談者自身の思いや考え方を整理し、適切なゴールを設定すること。そして、使う人である学習者や教師の視点で、そのゴールに対するアプローチを考えること。実際「そうしたことは完璧にできているが技術だけが足りない」というケースはほとんどない。それくらい見落とされがちな部分であり、難しい基礎部分ということでもある。

つまり、僕はITの専門家として見られていても、実際にITの話をするに至らないことが多い。ITの話をしないなら、ITの専門家でない人だってできるんじゃないか、と思われるかもしれない。確かに、できる人はできるし、僕の友人で(日本語教育の分野ではない人も含め)やっている人はいる。さらに付け加えると、ITの専門家と称する人みんなができる、というわけではない。

僕自身がそれをできる(と自分で思っている)のは、ITや日本語教育という専門に漬かりすぎないでこれたこと、というのが一因としてあると思う。いや、漬かるのは無理だった、というべきか。あっちこっちを見て回り、その経験を総動員することでしか、サバイバルできなかったという感じ。

一見、ITや日本語教育に特有の最新の難問に思えるものが、実はそうではないこと、他の分野では昔から普通に議論されていること、というのはよくある。単に見えてないだけなのだ。視野を「外側に」広げれば、見えてくるものは多い。今回の企画で「わかば」として話を聞いてくれた人にも、そんなことを伝えた。

学会で会った友人たちから「いろんな人たちから挨拶されてて、顔が広いですね」などと言われることが何度かあった。懇親会でも話す相手を見つけるのに苦労するのは今も変わらずだし(大人数の立食パーティーはすごく苦手)、自分では「顔が広い」などとは思わないが、日本語教育学会も長いこと参加してるし、いいかげんそうなっていかないと困る、という思いもある。

そもそも、自分が学会に参加する最大の理由は「自分の存在を知ってもらう」ということだ。仕事を依頼されないと生きていけない立場だから、黙って突っ立ってていては意味がない。関わったプロジェクトは紹介して価値を世に問うし、自分が関わることで何かプラスになることを見つけて動くしかない。そうしたことを10年やり続けて成果なしでは、どうしようもないわけで。

結果的にどんな人たちが仲良くしてくれるのか、どんなプロジェクトに関わることになるのかは、自分ではコントロールできない部分も大きい。ただ、何かに展開する可能性の種を蒔くことはできるし、最初の水をやるくらいまではできる。今回の企画で、種を蒔く機会を用意された「わかば」な人たちは、これで何となく安心するんじゃなくて、これから芽が出ることを信じて水をやってほしい。

そして、それだけでなく、たとえそんな企画が用意されていない場所にも、種を蒔きに行ってほしい。どこに行けばいいか、誰に会えばいいかは、Webで多くの人が情報発信をするようになった今は、比較的見つけやすくなっていると思う(少なくとも僕が大学院生の頃よりはずっと)。しつこく探して、しつこく訪ねていけば、少なくとも「道が開ける可能性」は高まるから。