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デザイン・Web・教育などをテーマに書きつづっていく、角南北斗のブログです。

この授業は将来何の役に立ちますか?

この授業は将来何の役に立ちますか?・・というのは、毎年もらう定番の質問だ。僕の担当する授業は、情報・デザイン・マネージメントあたりがキーワードとなるような内容なので、自分の知る範囲での仕事との絡み、あるいは今の社会の動きを引き合いに出して「授業内容の価値」について説明している。

過去に学んだことが、いつどのような形で生きてくるか。それは誰にもわからない。ただ自分の経験から思うのは「自分の時間をそれなりに投じた学びでなければ、後で役に立つようなことはない」ということだ。大学の授業でちょろっと見聞きして、その場で理解した気になっただけの知識は、後で「学んでよかった」などと感じるレベルで役立つことはないと思う。そんな知識は、いまの時代はググれば誰かが書いているし、それを読んで即座に使えるようなレベルの話なら、何のアドバンテージにもならない。

内容もきっかけも、何でもいい。授業で教師が紹介していた本を買って読んでみたとか、気になるテーマがあって関連する映画を何本か見てみたとか、上手にできるようになりたくてネットでいろいろ調べてみたとか、とにかく自分の時間を投じてやることが必要。1時間や1日で終わりではなく、何時間も何日もかけてやってみる。そうして得た自分なりの理解は、専門性と言えるほど深いものではないだろうけど、自分の中に残る。それが将来、目の前の課題とつながる(ことがあるかもしれない)。

僕の場合だと、大学生のころは演劇に打ち込んでいた。広くデザインに関心もあって、ジャンルとか専門とか気にせずに本を読んでいた。そこで学んだことは、卒論や修論に直接的に役立つことはなかったけど、自分の今の仕事にはつながることも多いし、それを経験していない人と比べて「得したな」と感じることもある。

大学とかの授業って、サッカーのルールも知らない・試合も見たことがない人を対象に、曲がりなりにもサッカーっぽいことを経験させ、その楽しさに少しでも気づいてもらえればOK、みたいな取り組みだと思う。授業はあくまで入り口、きっかけにすぎない。教師として、そのきっかけ作りには全力投球しているけれど、それをどう人生に生かすかは学生自身に委ねられている。将来役に立つレベルまで引き上げたいなら、そこから自分で勉強しなきゃならない。だって、20時間とかそこらの練習で「俺、サッカー結構できますよ」なんて主張されても「ちょっと体育の時間でやった程度でしょ」と笑うじゃないですか。お勉強だって同じ。

大学受験までは「教科書の範囲内の知識で競うゲーム」でも、卒業して仕事をはじめれば「自分の人生の時間をどこに投じてきたかが重視されるゲーム」になる。大学の授業で教師がセットしてくれている部分は、チュートリアル部分みたいなもの。もちろん、チュートリアルで楽しいと感じたゲームを選んだらいいのだけれど、ゲーム本編をプレイしないと本当の楽しさは分からないし、何も語れない。

ということで、頑張って人生を楽しんでくださいね。