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下手なプレゼンから学ぶということ :『西脇資哲のスーパープレゼンセミナー』に参加して

先日、東京は品川で行われた「CSS Nite特別編:西脇 資哲のスーパープレゼンセミナー」に参加してきました。今回はこのためだけに大阪から東京入りしたようなものですが(まぁ僕の場合はいつもそうですけど)十分に収穫がありましたので、ブログに書いておきます。ちなみに、壇上に負けず客席にもスピーカーとして有名な方々が揃っていて、これはもうパネルディスカッションでも開かないともったいないんじゃないか、みたいな感じでしたね。

講師の西脇さんは、年に200回以上もプレゼンをされるそうです。僕は「いわゆるプレゼン」は多くても年に十数本しかやりませんが、大学生などを相手にプレゼンを教える仕事をしていますし、プレゼンに関する記事入門書も書いています。あと毎週の担当授業(内容はプレゼンに限らず教育一般であっても)はプレゼンの一種だと考えています。なので、自分自身のビジネス的なプレゼンスキルを究めたいというよりも、西脇さんというスペシャリストはプレゼンをどう捉えているのかを確かめたい、プレゼンをどのように講義として教えるのかを見てみたい、という気持ちを強く抱いての参加でした。事前に西脇さんの著書「エバンジェリスト養成講座 究極のプレゼンハック100」を読んでいたので、取り上げられるであろうテクニック的な部分はある程度知った状態だった、というのもありますけどね。

西脇さんのお話を聴いて感じたのは、プレゼンの捉え方や学び方については自分とけっこう似た考えかもなぁ、ということでした。著書を読むだけでは十分に理解できていなかった「背景にある考え方」の部分が、今回「うんうん、やっぱりそうだよね」という感じで腑に落ちました。自分のこれまで感じてきたことや実践してきたことも、そんなに特殊なことではないのかもしれません。

この日も大学でプレゼンの講義をされたばかりという西脇さんに、懇親会で「特に学生に対して、プレゼンの講義をされる際に気をつけていることはありますか」と質問したところ、「学生はツールを勉強することに意識を向けがちなこと、不慣れで過度に緊張しがちなところがあるから、そこを特にフォローする」という回答をいただきました。なるほど、僕も同じようなことを授業で感じていましたから、かなり納得です。特に「プレゼンの勉強 = PowerPointの使い方のマスター」と考えてしまう学生は本当に多いので、自分の担当授業ではあえてPowerPointを使わない課題、たとえば電話での道案内なんかをしてもらって、プレゼンのエッセンスを学んでもらうようにしています(このへんは僕の書いた電子書籍「プレゼンのプ」で具体的に紹介しています)。西脇さんは、スケッチブックを使ってもらうこともあるとのことでした。

同じく学生に多い傾向として、プレゼンを自分に身近なものとして捉えられないことが挙げられます。授業をやっても「そんなの社会人になってから学べばいいよ」という反応が多かったりするんですよね。そこで僕は「日常はプレゼンの連続。たとえば好きな人に告白するのもプレゼンのひとつ」という話をするのですが、西脇さんは「女性はデートの過程を評価する」という例えでポイントを解説されていて、このあたりも着眼点にも似たものを感じました。

ところで「プレゼンは上手な人より下手な人から学ぼう」という提案が西脇さんのセミナーであったのですが、これが後で参加者の間で話題になっていました。これ、プレゼンの学び方についてキーになる部分かなと思うので、僕も自分なりの解釈というか考え方を以下に記しておきます。

僕も授業の受講生には「下手な人のプレゼンからも学べるんだよ」という話をしてきました。それには大きく3つの理由があります。

下手なプレゼンは分析の手がかりが得やすい

まず1つ目は、下手なプレゼンは(上手なプレゼンに比べて)技術にフォーカスしやすい面があるからです。プレゼンを見て上手だとか下手だとか感じることは誰でもできます。でも、上手だと感じる要因はどこにあるのか、具体的に何ができるようになれば自分も上手だと思われるのか、といったことを分析するのは簡単ではありません。

プレゼンの技術に気づくということについても、何も例がなくてもポイントを列挙できる人もいれば、見れば気づける人もいますし、解説付きだったら理解できる人もいますし、実演比較までしてもらってやっと納得する人もいます。高度なプレゼン技術は自然でさりげないので、ある程度の目を持って観察しないと、何となく眺めるだけでは要素を取り出して論じられません。そのための「目を養う」というのが上達に重要な要素だと思いますが、とにかく最初は細部に注目する姿勢を身に付けることから始める必要があります。その面で、下手なプレゼンは、問題を起こしている箇所を定めやすいし、チェックリストなどを持つことで検証作業がしやすいと言えます。西脇さんがセミナーで具体的な言動を挙げて解説されていたのも、そうした判断基準を提示することで、検証の取っ掛かりを持ってもらう意図があったのだろうと思っています。

下手なプレゼンからも学べば何からも学べる

2つ目は、下手なプレゼンからも学べると思うことで、身近なもの何からでも学べるんだと思えるようになるからです。

世の中に上手なプレゼンの例が溢れていればいいのですが、実際は「下手なプレゼンにイライラすること」の方が、その逆のケースより圧倒的に多い気がします。何が言いたいのか分からない、話が長く時間を守らない、やる気や誠実さを感じない、などなど。そういうダメなプレゼンを単に切って捨てるのではなく「自分ごと」として冷静に分析すると、学べることはいくらでもあります。何が良くない要因なのかを考える、そうなった理由は何があるのかを考える、何をどうしたら改善されるかを考える、というように。

個人的な実感ですが、プレゼンが上手だと感じる人って、他人の様々な言動をよく観察しているし、プレゼンと直接関係しないようなことを結びつけて生かすのがうまい人が多い気がします。判断を急がずに、物事を多面的に見ているというかね。そういう姿勢が、プレゼンという正解のない問題に対する探求方法の豊かさを生んでいるのではないかと。

プレゼンの上手い下手にこだわりすぎない方がいい

3つ目は、プレゼンの良し悪しはプレゼン技術だけで決まらないので、技術だけを取り出して過度に論ずるのは得策ではないからです。技術以外に何があるのかというと、それは中身、コンテンツです。

誰かに製品やサービスやアイディアをプレゼンするとき、その相手にとっていちばん大事なのは、プレゼンされる製品やサービスやアイディア自体の価値であって、プレゼンのパフォーマンスではありませんよね。突出して素晴らしいアイディアであれば、多少プレゼンスキルが低くても、そのアイディアの価値は伝わり評価されるでしょう。スティーブ・ジョブズのプレゼンスキルは疑いなく高いでしょうが、彼の意思が強く反映されたプロダクトの魅力もまた、プレゼンの評価を高める大きな要因になっているはずです。

CSS NiteのようなWeb系セミナーや、僕が毎週やっているような授業では、何をどのように扱うかが最も大切で、そこで受講者と一緒に過ごす時間の価値をいかに高められるかがすべてです。だからこそ、その内容の価値を高めるために調べ、検証し、取捨選択しながら構成を練る。内容に一定以上の質を確保できたと思えたところで、次にそれをよりよく伝えるためのプレゼンの準備に取りかかる。両者には不可分なところもありますが、優先して準備時間を割くべきは内容である、というのは間違いないでしょう。

ただ、自分と直接的に関わりのない製品をプレゼンする、突かれると痛い部分を数多く持ったサービスをプレゼンする、というケースも山のようにあります。営業職は基本的にそうかもしれません。思うところがあったとしても、少なくともプレゼンの準備の過程では、その製品やサービス自体に手を加えることはできないものです。また、競合他社と製品自体は横並びで差がつけられない、ということもあるでしょう。そうした場合には、目的を達成する実質的な鍵はプレゼンの出来にあるわけですが、それでも「だから中身はどうでもよい」というわけではありませんよね。

僕はプレゼンを教える立場で仕事をしていますが、自分自身が「プレゼンの達人」と呼ばれたいとは思っていませんし、そこを最優先に学んだり教えたりしているわけではありません。いちばん大切なのは中身だと考えれば、価値のある提案やアイディアを生み出すために時間を使いたいし、プレゼンがうまい人と言われるよりは、すばらしい提案をする人だと思われたいわけです。

だから、僕が自分のプレゼンに求める役割は「内容の持つ価値を極力ダメにしないように伝えること」ですし、他人のプレゼンを評価するときも「内容の持つ価値をプレゼンがダメにしていないか」を確認するようにしています。

なぜこうしたことをわざわざ言葉にするのかというと、プレゼンを見る目を養いはじめたころは特に、プレゼンの技術のみ取り上げて是非を問うような人になってしまいがちだからです。内容としては十分に伝わっているのに、あれが良くない、それはベターなやり方ではない、などとチェックリストを埋めることに気持ちが強く向いてしまう状態です。特に「こいつは自分よりプレゼンが下手だ」などと思えるものに出会ったら、どうしても偉そうに表面的なことを叩いて満足してしまいがち。僕は大学時代にお芝居を勉強しはじめたころに、それと似たような苦い経験をしました。ちょっと気をつけるようにしても損はないことだと思います。

伝える技術は拙いが、伝えたい気持ちは伝わってくるし、内容も価値があるとわかった。そのようなセッションであれば、議論や評価の中心は内容に対して行われるべきです。そのうえで、より広く的確に価値を伝えるために、他にどんなプレゼン手法があるのかを(話し手と)いっしょになって考えればいい。目の前の「下手なプレゼン」は、何がいちばんの問題なのか。プレゼンの技術だけにとらわれることなく、プレゼン全体を見つめることができれば、自分にも相手にも、その場その時間にも、ベターな評価やコメントができるのではないかと思います。

ということで「西脇さんのたった一言にも、いろいろ考えることがありました」という感じで、この記事をまとめてしまいます。西脇さん、有意義な時間をどうもありがとうございました。

あ、なんか参加者からチラッと「プレゼンを勉強するのに良い本は?」というような話題を小耳に挟んだのですが、そりゃこの流れから言ったら最初は、西脇資哲「エバンジェリスト養成講座 究極のプレゼンハック100」だろうと思うのですが(笑)、その次に読む本として僕のオススメを別の記事「プレゼンテーションを学びたい人にオススメの本:2013年冬版」を書いておきました。よろしければ、ご参考に。