困らないように勉強すること、困ってから勉強すること
- 2016年04月30日
- 教育
この数年、大学で情報系の入門的な授業を担当している。学生に「Googleで検索したらサイトが見つかるのは何で?」と質問して困惑させ、そこから検索の仕組みやデータベース、ネットワークといった話につなげていくのが、恒例行事みたいになってきた。
検索のように「普段当たり前のようにしているが、仕組みとか技術的なことが全然わかっていないこと」というのはよくある。原理がわかっていなくても、問題なく結果が得られているうちはいい。でもうまくいかなくなったとき、あるいは予期せぬトラブルが起きたとき、完全にブラックボックスでは手の打ちようがない。
趣味の範囲など、自分が我慢したり諦めたりすれば済む問題であれば、知らないまま、できないままで構わないかもしれない。でも、大学を卒業して本格的に仕事とかをするようになると、それでは済まないことが出てくる。限られた時間の中で何とかすることが求められるから、いろいろ試行錯誤したり、焦りながら調べたりする。それでもできなかったら、その後は「できない人」という扱いを受けることになり、不利な立場に追いやられたりでつらい。
また、知らないこと、できないことを他人に悪用される、というケースもあるだろう。代行費用がすごく高いとか、詐欺に遭うとか、デマを信じて悪事の片棒を担がされるとか。それも結構つらい。
困った状況に直面してから勉強して解決するというのは、高校まで(あるいは大学のある程度まで?)では、あまりやらないタイプの学びなのではないかと思う。学校のテストであれば、基本は教科書に載っていることしか出ないし、「先生、それ教えてもらってません、習ってません」が通用する。でも卒業してからは、あるいは在学中でも研究を本格的に始めるとなれば、勉強の機会は各々が自分で作るものであるし、勉強する内容も自分で決めるものとされるから、知ってる・知らない、できる・できないは個人の選択の結果、つまり「あんたが悪い」という扱いになる。
なので、授業では「困ったシチュエーション」を作って学んでもらうか、あるいは「学びとはそういうものだと認識を改めてね」とするか、いずれかかなぁと思っている。単純に内容に興味を持ってもらえればその苦労はないんだけど、実際はなかなかそうもいかないしね。
これ、個人的には、科目内容の説明の仕方なんかよりもよっぽど難しい問題だと思うんだけど、他の教師はどうしてるんだろう。